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モーツァルト 奇跡の音楽を聴く

 
宇野 功芳 

 
モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集 vol.2 LinkIcon
 

ピアノ・ソナタ第七番 ハ長調 K309(284b)
ピアノ・ソナタ第八番 イ短調 K310(300d)
ピアノ・ソナタ第九番 ニ長調 K311(284c)

ピアノ・ソナタ第七番 ハ長調 K309(284b)

   
   鳥羽がクラウスよりもいいんです。こんなことは今までなかったし、これからもわからない。この曲をこの本で採り上げたわけは鳥羽泰子のCDが出たからですよ。
 
 第一楽章は、天国から聴こえてくるようです。柔らかく色があって音楽そのもの。クラウスは、「うまい!」と思うんだけれども、鳥羽は、うまさも感じさせないほど自然に曲の美しさが伝わってくる。クラウスが、いつもの調子でうまく弾くと、曲が落ちるな、と思ってしまうんですが、鳥羽が弾くと、あれ?いい曲だな!と思う。そんなことを感じたのは、これが初めてだね。
 
 第二楽章も、音楽が自然に入ってくる。やはりクラウスよりもいいな。全体がまとまっていて、見通しがいい。
 
 第三楽章はアレグレット・グラチオーソ。アレグロよりはちょっと遅めで優雅に、ということですが、鳥羽はアレグロで、速めのテンポを採っています。リズムの角がつぶ立っていて、この楽章もクラウスよりも美しい。
 
 何といっても、この関達さ、疾走していくうまさは最高ですね。モーツァルトがいいというより鳥羽が素晴らしいんですよ。全楽章クラウスを喰うほどの出来ばえで、しかも、この曲を見直させる・・・・考えられないことだな。彼女の中でも最高の演奏ですね。
  
 
 

ピアノ・ソナタ第八番 ハ長調 K310 (300d)

 
 鳥羽泰子はパッションの人なんですよ。これも冒頭から激しく訴えかけています。テーマの装飾音は、もちろん短く弾いている。
 
   テンポもクラウスのようにずいぶん動かして、すこぶる表情的な演奏ですよ。常に自然に湧き出てくる感情の息吹きを感じるし、素晴らしい閃きが点在する。迫力も充分。
 
 ところで、彼女は絶対にくり返しをしないんだ。絶対に!ぽくはそれが気に入ったなあ。 クラウスのような古い人でも場合によってはくり返すのにね。
 
 残念なのは、展開部のフォルティッシモがクラウスに比べるとちょっと落ちるんだな。鳥羽もクラウス同様、情熱的に弾いていますが、クラウスが、あくまでもモーツァルトの枠内で底力を発揮していたのに対し、鳥羽は、完全にベートーヴェンになってしまった。
 
 仕方がないよね、まだ三十代に入ったばかりなんだから。でも、今の年齢でここまで弾ける人はいないんじゃないかな。
 
 第二楽章は、よく語る演奏ですね。
 
   展開部で、クラウスが、心の嵐を吹かせたところでは、左手が、まるでチュロを弾いているような印象を受けます。チェロのように歌い始めながら、しだいに音を硬くしていって、巌のような迫力を出してくる。これはこれでぼくはいいと思う。
 
   このシンプルな音楽から、いろんなことを語りかけようとしています。マイナス点をいえば、いささか鏡舌になっている。もうちょっと整理されるといいんですが、今はこれでいいと思うんだよ。まだ若い彼女に、聴き手は、あまり完成された演奏を求めるべきではないし、自分でも、今は、感じたとおりを弾くべきだと思う。その点で、ぼくは高く評価します。
 
   第三楽章。ちょっとペダルを使い過ぎて、濁るという表現はふさわしくないかもしれないけれど、響きが抜けていない感じがする。クラウスはどんなにペダルを使っても、その音しか聴こえないんですよ。
 
   中間部のエピソードにきますが、とても素晴らしいのに繰り返さないんだ。ここだけは絶対にくり返さなければいけないんだよ。短いんだしね。いかにも天国的な、モーツァルトが書いた最高に美しい音楽のひとつですよ。長いところをくり返さないのは大賛成ですけれど、短くて、しかもいいところはくり返してほしいよ。
 
 
 

ピアノ・ソナタ第九番 ニ長調 K311(284 c)

 
  第一楽章は、極めて魅力的な音で出てきます。録音のせいもあるな。かなり広いホールで録っているんでしょうね。ここでもホール・トーンがかぶさっている。それが悪く作用する時もあるんですが、何回か録っているうちにコツがわかってきたのか、とてもいいですよ。
 
   モーツァルトの微笑みが明るくそのまま生きていて、しかも曲が彼女に合っている。展開部の語りかけは抑え気味でクラウスよりも大人しいですね。
 
 第二楽章は普通の演奏。
 
   第三楽章は、やはり音がいい。はるか彼方から聴こえてくるようです。やはりマイクが遠いんでしょうね。距離感はありますが、その距離感に魅力を感じました。フォルティッシモではかなり強い音を出している。ここが鳥羽の中で一番開達なところだね。フォルテとピアノのニュアンスの変化は絶妙。