Media Articles  メディア掲載記事

レコード芸術  新譜月評
2007年5月号 

 

モーツァルト: ビアノ小品集 LinkIcon

ピアノ:鳥羽 泰子  
ヴァイオリン:ダニエル・フロシャウアー  
【キングインターナショナル】 KICC3007
 
文:濱田 慈郎 / 那須田 務
 
 

 

   濱田滋郎:推薦

 先年発表された、ウィーン在住のピアニスト鳥羽泰子の『モーツァルト・ピアノ・ソナタ全集』(Vol.1 LinkIcon   Vol.2 LinkIcon    LinkIcon Vol.3  Vol.4 LinkIcon ) は、近頃まれなほど印象深いアルバムであった。曲により(筆者の判断によると)多少のむらは生じていたが、考えてもみれば、現代にあって、そのように「むらがある」こと自体、貴重な省費の証明にほかならない。
 
 
 
 その彼女が『ソナタ全集』への追補というよりは、またあらたな一歩といった趣で世に送るこのディスクは、持前のテンペラメンタルな魅力を最上のかたちで繰りひろげ得たことにおいて、非常に大切な、心底から愛着をおぼえさせる1枚となった。特筆すべきことは、『ソナタ集』において、少し頑なではなかろうかと思うほどリピートを嫌っていたこのピアニストが、変奏曲、ロンドともつねに繰返 しを弾き、しかも—彼女ならばそうなるであろうと予測したように—それにあたって自在に音量ほかのニュアンスを変化させ、演奏をいっそうチャーミングなものとしている事実。《きらきら星変奏曲》は、こうして名演中の名演と呼べる出来映えになった。イ短調およびニ長調、円熟期の《ロンド》2曲もまた、すばらしい演奏というほかない。右手はもちろんのこと、この人の左手は本当の“生きもの“である。あとはモーツァルト少年時代の、というより子供時代の作品 をずらりと並べているが、後段の「ヴァイオリン伴奏付き」によるソナタ4篇をも含め、ふさわしい率直さのうちで、感興豊かに弾かれ、「なるほど天才、双葉より芳し」と実感させてくれもする(ヴァイオリンはダニエル・フロシャウアー、 気息が合っている)。
 
 

那須田務:推薦 

  鳥羽泰子によるモーツァルトのソナタ全集のいわば番外編ともいえるディスク。《ああ、ママに言うわ》やウィーン時代の2曲のロンドの他に、小さい頃の小品やヴァイオリン伴奏付きのソナタが収録されている。《ああ、ママに言うわ》がいい。なによりも音にスピリットがあり、自由でのびのびとした精神を感じさせる。主題はよく磨かれたタッチとこまやかな心遣いのデュナーミクで奏でられ、変奏曲は総じてテンポは速めだが、各々のキャラクターが生き生きとした感興とともに描き分けられる。洗練されて、精妙精緻。それでいて音楽はあくまでも自然に流れる。テクスチュアの透明感も申し分ない。イ短調のロンドK511は前へ前へと進めていささか元気が良すぎる。解釈や好みの範噴かもしれないが、モダンのピアノではこの調性特有の暗さが雛しいのだろうか。ニ長調K485も元気のよい演奏だが、こちらはチャーミングな性格がよく出ていて楽しめる。実を言うと、この後のケッヘル番号の一桁台の小品が存外、面白い。子供時代の作品だからといってちまちまと纏めてしまうことなく、 表現に大きくメリハリをつけて実に聴かせる。ヴァイオリン伴奏付きソナタも佳演揃い。鳥羽のピアノは主張が明快だし、フロシャウアーのヴァイオリンは優美で気品があり、多彩な音色を奏でている。アンサンブルもよく合っている。同曲集の録音でこれだけ聴き応えのあるものには滅多にお目に掛かれない。