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レコード芸術  

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クレメンティ: ビアノ ソナチネ集 LinkIcon
ピアノ:鳥羽 泰子  

ドイツ・シャルプラッテン  TKCC15229
徳間ジャパン・コミュニケーションズ 
 
文:安田 和信
 
 

  祝復活!「徳間=ドイツ・シャルプラッテン」より驚異のピアノ録音2点登場

 
鳥羽泰子(p)によるクレメンティ:ピアノ・ソナチネ集と
大井和郎(p)によるリスト:超絶技巧練習曲集
 
 
 
 
 
 
「ドイツ・ンャルプラッテン」レーベルのもとで、徳間ジャバンが制作した新譜2点は、いずれもピアノ独奏のものである。ジュリアード音楽院で研鑽を積み現ウィーン在住の鳥羽泰子によるクレメンティ、そして同じくアメリカのシンシナティ大で学んだ大井和郎によるリストだ。
 

意外にも“貴重な”録音
鳥羽のクレメンティ

 
  鳥羽は同レーベルにおいてこれまで3点のディスクを発表しているが、 ソロ・アルバムとしてはラフマニノフのソナタ第2番以来である。ソロの第2弾として選ばれたのは、クレメンティの6つのソナチネ集作品36(初版稿)と3つのソナタ集作品37。前者は、《ソナチネ・アルパム》に掲載され、ピアノ学習者ならばかならず弾かされるという点では、非常に有名な曲集である。ただし、ピアノ学習者ならば知らぬ者はいない音楽にもかかわらず、否、だからこそというべきか、作品36を正面切って録音したディスクは以外なほどに少なく、本盤の存在は貴重と言わねばなるまい。作品37の各曲は、ピエトロ・スパ―ダによる全集録音[独アーツ]を別とすれば、単独で制作されたディスクというのはこれまでなかったのではないか。
 
  鳥羽の解釈の特徴には、慎重にコントロールされた強弱の幅、必要以上にレガートを多用せず、18世紀的な語り口を実現するアーティキュレーンョンなどが拳げられる。とりわけ、後者はレガート楽節とそうでない楽節を演奏者側が表現で補強することによって、 聴き手に楽節の特徴を明確に意識させる。ソナチネ第6番冒頭楽章のように、明らかにカンターピレ的性格をもつ属調主題は当然のことながら、弾き方によって性格の捉え方が変わりうる冒頭主題も、滑らかに流れる左手の分散和音と呼応して主旋律は流麗に始まる。
16分音符の続く華麗なパッセージにしても、レガートで流れる場合と、弦楽器が1つ1つの音でボウイングを切り替えるように粒立てて弾く場合と、徴妙に語り口が変化している。
 
  これらの特徴は演要家ならば誰しも実施すべき事柄に属すとはいえ、聴き手に明瞭に伝わるような演奏を実現するのは簡単ではない。鳥羽は決して強弱の幅を広く取ったり、極端なアゴーギク操作を多用しないという意味では華やかさよりも繊細さを志向している。従って、上記のような語り口の明瞭な提示を実現しえている点は素晴らしいと思う。もちろん、こうした解釈は、ディスクの場合は演奏者一入でできるわけではなく、余分な残響を排した明噺な録音も大いに貢献しているに違いない。
 
  単独の企画か、続編か視野に入れているのか、鳥羽が本盤をどのような意図で作ったのかは知らぬが、できればクレメンティの独奏曲全集に発展していくことを期待したい。クレメンティのソナタには名作が少なからず含まれているのだから。それは無理でも、数枚のアンソロジー(「ロンドン・ピアノフォルテ楽派」という文脈に広げても面白そうだ)を期待したい。  
 
 

充実した解説も抜群のでき

 
 なお、両盤には、国内盤としては近年では珍しいほどに非常に充実した解説書(クレメンティは久保田慶一氏、リストは野本由紀夫氏)が添付されている。執筆者の選択はまさに適材適所、しかもコストがかさむことも厭わず、量的にも充実させている点は強調しておきたい。不況のおり、良心的な制作姿勢を維持寸ることはたいへん困雅である。だが、そうした困離にもめげず、 鳥羽、大井の意欲的な統編が続けられることを切に望む。